地下足袋山中考 NO30
<小又狭沢登り遭難事故について>

 お盆の最中に森吉山麓で2件の遭難事故が起きてしまった。1件はキノコ採りに出かけ行方不明になり16日に山中の水中で発見された69歳の地元北秋田市の男性。一方、神奈川県と埼玉県から小又峡に沢登りに訪れ、15日に滝つぼに転落し死亡した30代男性2名。2件とも自己責任で入山し趣味の世界を楽しんでいた中で起きた事故であるが報道体制に大きな違いがあった。
 キノコ採り事故は小さな見出しで死亡事実を伝えたのみだが、一方の小又峡沢登り遭難事故はテレビ局が連日取材ヘリで捜索隊の映像を流し、新聞報道も山岳関係者のコメントを載せ大きく紙面を割いた。
 このような遭難事故が発生すると、現地に精通しないマスコミ陣はこぞって山岳関係者や行政にコメントを求めてきます。当協会にもマスコミ各社から電話取材を受けたが、現地の特徴と利用動向のみの情報提供とし、組織的なコメントは一切お断りをした。それは死亡事故が起きてしまってから事故現場の状況把握もなしに一般論で知ったかぶりをした第三者のコメントなど何の意味も持ちえないからです。今般の秋田魁新報社報道は、事件・事故の確認もできていない時点で、現地状況を良く知らない山岳関係者のつじつまの合わない当らず触らずのコメントを掲載した紙面構成であり憂慮に値する。遭難が単なる転落事故だとすれば公園法の抵触もなく社会的にも糾弾される要因も見つかりません。遺族にとっては事故原因も定かでない状況において、通常は人が入らない場所だとか、ああすれば・こうすれば良かった、などと軽々なコメントは説得力も慰めにもならないと思う。
 ただ生存者の反省の言葉を借りれば「事前にインターネットで調べたが、情報収集が足りなかった。」そんな計画で発生した遭難事故は救助隊員に一喝されても仕方はないが、一旦遭難事故が発生すると救助隊の面々に只々すがるのみです。
 いみじくも、奥森吉の魅力を全国に発信してきた当協会としての心残りは、小又狭は地形的に連続遡行が不可能であるため、沢登りの情報は一切ホームページ上に載せてこなかったこと。事前に問い合せがあっていたならば、死亡に至らない情報提供ができたのではなかったか、といづれも後悔にすぎないのですが・・・。
 今後の事故防止軽減のため小又狭の全容を紹介し情報提供としたい。渓谷は太平湖からノロ川園地まで全長約6q(標高差約300m)の火砕流台地の溶結凝灰岩(厚さ300〜800mの堆積)が浸食されたV字渓谷のスラブ(滑かな一枚岩盤)で構成され、一般的なゴーロ沢ではない。渓相は急峻で深淵に滝と甌穴が連続し、その景観美と学術的価値により昭和39年に秋田県の名称及び天然記念物に指定されている。@一般観光客の散策エリアは小又狭桟橋から三階滝まで約1.8qの歩道が整備され、多くのハイカーでにぎわう。Aその上流部は尾根筋を通る縦走路が渓谷と並行してノロ川園地と野生鳥獣センターにつながる。渓谷を眼下に眺望しながら、ネズコ、キタゴヨウ、秋田杉の巨木群と対面するトレッキングコースとして名高い。Bそして急峻な沢登りは冒険者たちの世界である。特に三階滝から上流部最後の親滝までの沢登りは困難を極める。落差15m前後の滝と甌穴が連続し延長20〜100mのトロの深渕でつながっている。渓床は歩行が困難かつ岩盤には適所にクラック(割れ目・裂け目)がないためハーケンやカムの使用は殆んど不可能である。したがって、連続する滝を登るには泳ぎに加え、渓谷の両サイドの灌木帯の急斜面を高巻きしたり、比高100m前後の尾根筋や縦走路までを何度も迂回することを余儀なくされる。一番怖いのは渦が荒くれ、沸騰状態になっている滝つぼや甌穴に落ちると浮力を失い溺れることである。今回の転落事故もこの状態に近かったのではないかと推察される。さらに滝の頭部に隠れている甌穴に全流量が落ち込んでいる個所、滝つぼや甌穴の底が抜けてトンネル状になっているスポットが随所に存在することを肝に銘じておかれたい。
 私も神秘の小又狭に誘われピンポイントで渓谷の造形美に触れてはきたが、どうしても渓谷を踏破すならば、上流部から順番にビレイポイントを構築して降下するより方法はない。勿論、ライフジャケットの着用、相互の安全確保、登攀遡行技術の練度が前提である。
 最後に報道関係者へのお願いがある。ガイドやツアー会社の過失や体力を過信した高齢者の遭難事故などは、その責任を求められたり物議を醸すこともあるが、小又狭の沢登り遭難事故は冒険者たちが岩登りや滝登りという死と隣り合わせの危険性を覚悟し挑戦した結果、起きてしまった事故であり、一般のツアー客が整備された歩道から転落した事故ではありません。全国的にもクライミング事故などに関しては、クライマーたちの事故原因の考察はネット上には多数あっても第三者のコメントを引込む報道(紙面、TV、ネット配信)は見かけることはありません。何故なら、コメントのしようがないからです。コメント配信は、実際に救助活動に当たった各県警の救助隊員のコメントに一元化されているようです。秋田魁新報社も救助隊員の正確なコメントを載せた方が注意喚起と再発防止に説得力ある記事になったのではないでしょうか。繰り返すが自己責任において発生した遭難事故について、まったくつじつまの合わない第三者のコメントを掲載することは遭難者の鎮魂につながるとは思えません。報道関係者には是非お考え願いたい。
 小又峡は散策道が三階滝まで整備され45年余りになりますが、過去に歩道から転落し4人の方々が亡くなったと記憶しています。一般観光、山菜取り、トレッキング、登山、岩登り、沢登り何れを選択しても事故の危険性を常に伴うのが自然観光の宿命であり、人が訪れる限りいつかまた事故は発生するかもしれません。地元の山岳愛好者の一人として、小又峡散策やトレッキングルートがイコール危険な場所であるという流風なく終息することを願うと共に、地元の鈴木誠悦さん、若くして深山幽谷に導かれてしまった萩野寛之さん、信太正樹さんのご冥福を心からお祈りいたします。
(2015.8.20)(8月17.20日秋田魁新報社記事参照)